務は休みのは


 江川は受話器をとる。
「こちらは消費者相互銀行でございます。あなたさまの発行なさった小切手が回っ
てまいりましたが、それだけの金額が口座にございません。急いで入金をお願いい
たします」
「それはそれは、ご注意ありがとう」
 江川は電話を切って考えたが、このとこ務は休みのは
ろ小切手を使ったおぼえはない。なにか
のまちがいだろう。第一、日曜には銀行業ずだ。それでも銀行に問い
あわせてみるか。江川は電話をかけた。むこうの声は言う。
「銀行でございます。問いあわせサービスは休むことなくやっております。ご用件
はなんでございましょう」
「口座の残高を知りたいのだ。わたしは江川、番号は……」
 それに対して相手は答えてくれた。それを聞き、江川は息のとまる思いだった。
予想もしなかった巨額な数字だったのだ。なにがなんだか、わけがわからん。なぜ
こんなことに。これで新しいデマが作られ、大げさに変形され、よそに流される材
料にされるのだろうか。そうなのか、そうでないのか、手がかりはないのだ。
 きょうは狂った日だ。原因や理由はわからないが、どこかでなにかが狂っている
ことにまちがいない。
 こういう日には、慎重を心がけていなければならない。さわぎに巻きこまれ、引
きまわされたりしたら、ろくな結果にならない。
 そうだ、情報銀行の自分の記憶メモを調べて一日をすごそう。こんな日こそ、自
分の殻にとじこもるべきなのだ。電話をかけ番号をつげると、自分の口座に接続さ
れた。そこには記憶のメモがぎっしりつまっているはずだった。しかし、再生され
て送られてきたのは、まったくべつなもの。
〈……きょうはギャンブル·センターへ行かねばならぬ。そこの七十番のスロット
·マシンには仕掛けがしてあるのだ。ちょっとした使い方で、大金が出てくる。そ
の金を持って、マサエのやつに手切れ金として渡さなければならない。どうもあの
女、たちがよくない。今後は二度と会わないようにしなければ、ひどいことになる
……〉
 うっと、江川はうなった。これはなんだ。自分のではない。まったく異質で、と
まどいにみちたものが噴出してきた。他人の体臭のにじんだ服から下着、靴や手袋
をそっくり身につけさせられたような気分。
 しかし、それは強烈な興味にあふれた世界でもあった。江川はそばの録音器のス
イッチを入れ、引きこまれるように耳をすませた。他人の内面の世界に、さらに深
く入りこむ。そのマサエとかいう女とのつきあい。よからぬ社会のよからぬ友人た
ち。そんな社会での、それなりの順応。当人のためのもので、そこには偽りはなに
もない。江川にとってはじめての経験、刺激的であり、むずむずするようであり、
やがて、その内面の世界になれてくる。もしかすると、これが自分の世界かとも思
えてきて、狂っているのがどこかわからなくなり……。


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